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Speakers : Schulz
Schulz? O17a Studiolautsprecher 20VA
Apparently this is the predecessor of the TH 315 / I. The label says: VEB Fernmeldewerk Leipzig, Studio-Lautspr. 20VA, Typ TH 148 TH.
Impedance is 20 Ohms.
O17a のルーツは、ハンス・エックミラーが同軸スピーカーを構想した1930年代に遡ります。ハンス・エックミラーは、クラングフィルムのエンジニアであり、一時期、ラジオ・ミュンヒェンの送信責任者でした(余談ですが、多分ナチの中継放送にもかかわったかも知れません)。エックミラーは、1943年、ベルリーンの大ドイツ放送協会(旧帝国放送協会)のステレオ・録音のために、Eckmiller O(オー)15 dyn という同軸スピーカーを設計し、正式採用されました。製造はコンスキ&クリューガー社で、実際の組み立てはライプツィッヒで行われました。コンスキはクラングフィルムのエンジニア、カール・クリューガーはチーフ・エンジニアで、オイロダインの設計で知られています。コンスキ&クリューガー社は、戦時中は、その解読が第二次世界大戦の帰趨を決したとまで言われるUボート搭載ののエニグマ暗号機を製造していました。当然、海軍の管轄下に置かれ、徹底的な機密保持がしかれていたはずですから、O15の製造はライプツィッヒということになったのでしょう。余談ですが、ステレオ録音は、同時期にテレフンケン・4ヘッド・マグネットフォンを使ってフルトヴェングラーのテープ録音をしたあのヘルムート・クリューガーによって行われ、4テイクほどあり、ライプツィッヒのコレクターが2テイク所有しているといううわさです。O 15は、まさにクラングフィルム直系の、まさにステレオのための同軸スピーカーということになります。
コンスキ&クリューガーは、戦後も、アルニコ版のEckmiller O 15a を製造していましたが、1949年のドイツの分割によって、エックミラーは西側に、コンスキ&クリューガーは東側(東ベルリーン)に帰属することになります。また、ベルリーン放送局は、ご存じの通り、東ベルリーンに位置しており、唯一、ここにだけ備え付けられたあったEckmiller O 15 もろとも、東独のRFZ(Rundfunkzentral)に正式に帰属することになります(それ以前は、ソ連が接収し管理・運用しています)。東独の放送局は、もちろんすべて国営で、郵便(Post)および電気通信(Fernmelde)省の管轄下にあり、放送番組の作成、放送、広報は、すべて東独の国営Deutsche Postが行っており、放送設備および技術開発は、Studiotechnik Rundfunk が行っていました。Studiotechnik Rundfunk は、Deutsche Postの重要な部門であり、従って公官庁であって、60年代にできたVEB(人民所有会社)のVEB Studiotaechnikとは全く別物です(この会社は監視カメラを作っていました)。
O 17a は、O 19 と共に、O 15a の後継機種であり、ドライヴァー自体のタイプ名はTH 148 TH です。公式スタジオ・モニターとして認証されことで、 金属板プレートにオフィシャルであることを示すOナンバーとシリアルナンバーが、一台一台、手作業で刻印され、Studiotechnik Rundfunk によって設計されたことを示すラベルが貼られ、VEB Funkmeldewerk Leipzigで製造されたことを示す金属板プレートがリベットで取り付けられています。なお、O17aの開発には、O15の製造会社、コンスキ&クリューガー社がかかわっていることは疑いなく、上述のごとく、コンスキ&クリューガーのO15a の組み立てがライプツィッヒで行われていることから、おそらくクラングフィルム関連企業であったAEGのBautzen工場か、ジーメンスのArnstadt工場で製造されたのではなかったかと推測します(注:AEGとジーメンスが同一比率の出資でクラングフィルムとテレフンケンを設立しました。クラングフィルム自体は生産設備を持っておらず、AEG=テレフンケンとジーメンスが装置を作っています)。この2工場は、東西分割後、5社の工場を人民所有会社化したVEB Funkmeldewerk5社の中にに含まれています。他の3社は内線電話や電話台、ヘッドフォーンの製造をしていますから、O17a の製造は、この2工場しか考えられません。これで、O17aをめぐって、クラングフィルム、コンスキ&クリューガー、フンクメルデヴェルクが一つの線に繋がるのではないかと思います。なお、O17a は、リンバッハの大型のアンプを内蔵して、戦前のO3とほぼ同じサイズのエンクロージャーに入れられています。O15が前面にメッシュのグリルを持ち、ウーファー後面の開口部をかなり塞いでストレスをかけているのに対して、O17aは前面のグリルでストレスをかけています。O17a(およびシュルツTH315)のクロスオーヴァーは約500Hzと低く、ドーム・トゥイーターの繰り出す放射パターンの威力は絶大なものがあります。500Hzのクロスは、エックミラーO15の5cmアルミ・ドームを含めて、すべてのエックミラーのドライヴァーにも共通する特徴のように思われます。O15のドームは、下限200Hzまで再生しています。
東西分割後、O15の技術は、西ドイツでは殆ど関心を持たれず、Eckmiller氏は分割直後(1960年)に亡くなっており、Eckmiller社は、ご存じの通り、’同軸ではなく、フェーダーの分野で名を馳せています。唯一、テレフンケンのみが、O15に関心を抱いたと言われています。テレフンケンの唯一の同軸、Allvoxがその成果かもしれません。西独では、O17aに対抗して、同じくドーム・トゥイーターの同軸、Isophon のオルケスター2000が作られています。O17a の後継に、インピーダンスを16Ωに落とし、耐入力上げ、より汎用化したシュルツのTH 315 があります。TH 315も、O5として、Deutsche Postの公式スピーカーになっています。
80年代、西独では、ことごとくジャーマン・ヴィンテージの至宝の技術が、商業化の波に呑まれて、失われてしまいました。ところが、戦後45年間、一歩も技術革新をしなかったと酷評される東独は、逆に戦前のクラングフィルム直系の技術や思想を、頑固なまでに守り続けたとも言えます。その結果、O 15 やO17a の技術が、今日のドイツの放送局で再び開花しました。統一後、旧東独の多くの企業が資本主義の競争の中で倒れていった中で、旧東独のライプツィッヒの企業であるGeithain(ガイサイン)の同軸モニターが、なんと現在のドイツ連邦共和国公共放送局の公式・統一モニターの位置に就いています。Geithainの技術者は、GeithainこそはO15 の技術、精神の真の継承者であることを隠していません。東独経由で、クラングフィルムのスピリットが継承されたのです。その意味で、O17aは、東独における戦前のジャーマン・テクノロジーの継承と発展の一端を示す典型的な事例であるといえましょう。
ヴィンテージの香りを残しながら、何歩も先を歩いた、旧東独の産んだ最高のドライヴァー。Eckmillerが目指したものは何であったのかをつぶさに感じ取れる至高のクリテリウム。同時期、これを超える西独製のドライヴァーは存在しなかったと信じます。西独のスタジオ・エンジニア達の間でひそかに語られていた東独の幻のSPとは、このドライヴァーに他なりません。
補足:O17a のプレートをよく見ると、「O17a/1」となっていました。「/1」の刻印に白のペイントが入っていなかったので、気付きませんでした。 もう一台のO17aも、「O17a/1」で、ネットワークも同一。いずれもStudiotechnik Rundfunk の在庫ナンバー(Inv. Nr.)の冒頭に、「L 316/・・・・」が付いています。
(加筆済み)
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